内定を取り消すことができる場合とは?

どのような場合に採用内定を取り消すことができるか?

企業による正規従業員の採用は、新規学卒者の場合には、一般的には次のように進みます。

①企業による労働者の募集
②労働者による応募
③採用試験
④採用内定通知
⑤労働者からの誓約書・身元保証書の提出
⑥入社式・辞令交付

この過程における内定は、一般的には、解約権留保付始期付労働契約であるとされています。

解約権留保付始期付労働契約とはどのような契約を意味するのでしょうか。

まず、「始期付」の意味です。
これは、内定によって労働契約が使用者と内定者の間に成立するのですが、労働契約の効力または、内定者の就労の義務等がすぐに発生するのではなく、入社式等の始期を待ってはじめて発生するということを意味しています。

次に、「解約権留保付」の意味です。
これは、内定によって成立した労働契約には使用者と内定者との合意によって使用者に解約権が留保されているということを意味しています。

なぜ、解約権が留保されているのかというと、採用するかどうか決める当初においては、その人が社員としての適格性があるかどうかを判断するのに必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に集めることができないので、後日における調査や観察に基づく採用についての最終的な決定を保留するということです。

つまり、内定によって労働契約が成立しているのですが、使用者は、内定に留保されている解約権を行使して内定を取り消すことができます

もっとも、使用者は自由に解約権を行使することができるわけではありません。

解雇権が留保されている趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認されることができる場合に解約権を行使することができ、これに反し行使された解約権の行使は、解約権の濫用であり、無効とされます。

例えば、成績不良による卒業延期、健康状態の著しい悪化、虚偽申告の判明、逮捕・起訴猶予処分を受けたこと、などです。

一般的に通常の解雇よりは、内定のほうが広い範囲で解約権の行使が認められるますが、それでも安易に内定取り消しをすると、内定取り消しが無効となり、裁判所からは、従業員としての地位が確認されるという判決がだされることになります。

以下において、内定取消の可否が問題となった裁判例を挙げてみます。
どのような場合にどのように判断されて、内定取消が適法となるのか参考にしてください。

大日本印刷事件(最高裁昭和54年7月20日判決)内定取消し無効

これは、内定中にグルーミー(陰気)な印象を打ち消す材料が出なかったことを理由とした内定取消しの適法性が争われた事案です。

裁判所は、採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であるとし、グルーミーな印象は当初から分かっていたのであるから、これを理由として取り消すことは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当と是認することができず権利の濫用として無効であると判断しました。  

宣伝会議事件(東京地平成17年1月28日判決)内定取消し無効

これは、入社前の研修に大学での研究を理由に参加しなかったXの採用内定取消しの適法性が争われた事案です。

裁判所は、まず、本件の入社前の研修について、本件内定は効力始期付であり、あくまで当該研修は、内定者の任意によって実施されるものであると判断しました。

その上で、使用者は、内定者の生活の本拠が、学生生活等労働関係以外の場所に存している以上、これを尊重し、研修等によって学業等を阻害してはならないとし、研修等に同意しなかった内定者に対して不利益な取り扱いをしてはならず、また、研修に参加することに同意した内定者についても、学業への支障といった合理的な理由により、参加を取りやめる旨申し出たときは、これを免除すべき信義則上の義務を使用者が負っているとし、研修の不参加を内定取消しの理由とすることはできないとしました。

また、会社の主張する内定者の子供じみた態度についてもこの事実は内定段階で判明していた事実であり、これを問題とするのであれば、その段階で調査を尽くすことが可能であったとして、この事実を理由とした内定取消しは解約権留保の趣旨、目的を逸脱するもので無効と判断しました。

インフォミックス事件(東京地平成9年10月31日決定)内定取消し無効

これは、中途採用者について、経営の悪化を理由とした内定取消しの適法性が争われた事案です。

裁判所は、まず、企業に経営悪化等を理由に内定取消しをする場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する4要素(①人員整理の必要性②解雇回避努力③被解雇者選定の妥当性④協議説明義務)を総合考慮のうえ、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断するべきであるとしました。

その上で、本件においては、入社の辞退勧告が入社の2週間前であったこと、しかも、内定者は既に前の会社に退職届けを提出していたこと等から本件内定取消しは内定者に著しく過酷な結果を強いるものであり、解約権の趣旨、目的に照らしても、客観的に合理的なものとはいえず、社会通念上相当と是認することはできないと判断しました。

また、企業の内定取消しの前後の対応に誠実さが欠けることなども考慮し、本件内定取消しを無効としました。

なお、整理解雇の4要素の③の要素「被解雇者選定の合理性」の判断において、裁判所は既に就労している従業員を解雇するのではなく、内定者を選定したことについては、合理性をみとめているので、解雇者の選定において、内定者を従業員より不利に扱うこと自体は合理的と考えられるでしょう。

オプトエレクトロニクス事件(東京地裁平成16年6月23日判決)内定取消し無効

これは、前勤務先での悪いうわさを理由とする内定取消しの可否が争われた事案です。

裁判所は、本件採用取消しが適法になるためには、内定者の能力、性格、見識等に問題があることについて、採用内定後新たな事実が見つかったこと、当該事実は確実な証拠に基づく等の事由が存在する必要があるとし、本件内定者の悪い噂には、当該噂が事実であると認めるに足りる証拠が存在しないというべきであり、本件内定取消しは解約権の濫用であると判断しました。

採用内定を取り消す前に

内定取消しを避けるために雇用調整助成金をうけることができる場合があります。

雇用調整助成金とは、景気の変動などの経済上の理由による企業収益の悪化から、生産量が減少し、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、解雇を避け、雇用する労働者を一時的に休業、職業訓練又は出向に係る手当等の一部を助成するものです。

新規学校卒業者について,採用後直ちに職業訓練・出向・休業させることにより雇用の維持を図る場合も、雇用調整助成金の対象となります。

雇用調整助成金の利用も選択肢の一つにあります。
参考にしてください。

採用内定を取り消すには

内定取消しがやむを得ないとしても、内定から取消にいたる過程において信義則上必要な説明を内定者にしなければなりません。

この説明を怠ると損害賠償請求が課される可能性があります。

さらに、事業主は、内定取消しを行うにはあらかじめ公共職業安定所及び学校長に通知しなければなりません(職業安定法施行規則35条2項2号)。

公共職業安定所長はこの通知をさらに都道府県労働局長を経て厚生労働大臣に報告します(職業安定方施行規則35条3項)。

そして、採用内定取消しの内容が厚生労働大臣の定める場合に該当するときには、厚生労働大臣はその内容を公表することができるので(職業安定方施行規則17条の4第1項)、内定取消しを行った事業主はその事実を公表される可能性があるということを知っておいてください。

厚生労働大臣の定める場合とは、以下に挙げる場合です。

内定取消しの内容が次のいずれかに該当する場合(ただし、倒産等により翌年度の新規学卒者の募集・採用が行われないことが確実な場合を除く。)

  1. 2年以上連続して行われたもの
  2. 同一年度内において10名以上の者に対して行われたもの(内定取消しの対象となった新規学校卒業者の安定した雇用を確保するための措置を講じ、これらの者の安定した雇用を速やかに確保した場合を除く)
  3. 事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められないときに、行われたもの
  4. 次のいずれかに該当する事実が確認されたもの
    • 内定取消しの対象となった新規学校卒業者に対して、内定取消しを行わざるを得ない理由について十分な説明を行わなかったとき
    • 内定取消しの対象となった新規学校卒業者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき

また、やむを得ない事情により採用内定を取り消すことができるとしても、採用内定取消しを行う場合、事業者には、解雇予告等解雇手続について定めた労働基準法20条に抵触しないように十分留意し、採用内定取消しの対象となった学生・生徒の就職先の確保について最大限の努力を行うとともに、学生・生徒からの補償等の要求には誠意を持って対応することが求められていることが、厚生労働省の新規学校卒業者の採用に関する指針によって明らかにされています。

内内定について

内内定という名前をつけたとしても、内内定者を他社への応募を断念させる内容のものであるなど内内定者を拘束するものであった場合、当該内内定は始期付解約権留保付労働契約であり、労働契約の成立が認められる可能性があります。

また、労働契約の成立が認められない場合でも、当事者が内定は確実であると期待すべき段階に至った場合には、この期待を裏切るのは信義則に反するので、企業が合理的理由なく内定通知をしないと、不法行為が成立する可能性もあるので注意が必要です。

PREV
NEXT